プロフィール

はじめまして!Ayumiです。

このブログにご興味をもっていただきありがとうございます。

私の経歴や将来の夢などについて少しでも知っていただけたらと思います。
とっても長いので、お時間のあるときにお読みください♪

経歴

1992年11月に北海道・札幌市で誕生。

その後、父の転勤で山口県・下関市、東京都・板橋区、北海道・小樽市、
札幌市、釧路市と移り住む。

そのように移動が多かったため、幼少期から中1まではその時住んでいた地域の
隣接地域を頻繁に旅行していました(記憶にないところも多いですが…)。

中2のとき、家を建てたため札幌市に引っ越してからは2020年3月まで札幌在住。

高校は札幌市内の進学校、大学は道内の国立大学法学部に通っていました。

初めての海外は大学1年生の時にサークル仲間と行った韓国・ソウルです。
感想としては「あまり日本と変わらない…笑」。

しかし、大学2年生のときにまたサークル仲間と行ったタイで海外旅行に開眼!

日本にはない人々のエネルギッシュさ、独特な匂いや色の食べ物、カラフルな
建物のとりこになり、「もっと世界を見てみたい!」と思うように。

これを皮切りに大学時代は年2回海外を訪れるようになりました。

また、リスニングが苦手すぎてやる気が起きなかった英語も、
海外旅行に行くために精を出すようになりました。

留学生との交流イベントに参加したり、
留学生と北海道を盛り上げるプロジェクトを運営したりして英語に触れる
機会を作っていました。でも英語力は大した向上せず(笑)

その後、新卒で大手損害保険会社に入社。

小さいころ引っ越し過ぎて自分の仕事では引っ越ししたくなかったので、
札幌勤務での採用で入社しました。

業務は自ら希望していた営業職です。

社内の同期や先輩後輩、また取引先の方々とも仲良くなり、
忙しいながらも日々楽しく働いていました。

また、お盆や年末年始以外にも長期休みを取りやすい会社だったので、
年4回の海外旅行に加え、月1回は北海道内を含む国内旅行に行っていました。

それをモチベーションに働いていたといっても過言ではありません。

しかし3年目になったとき、突然隣の課の課長が行っていた仕事を
私が担当することになり、楽しかった日々が一変。

引継ぎがうまくいかず、毎日取引先に謝りに行く日々…。

しかも土日も会社携帯を持って対応していたので、
気が休まる日がありません。

また、もともと何でも意見を言いたがりで、
新しいことに参加するのが好きな性格なのに、
会社規模が大きすぎて個人の意見が反映されず、
変化を好まない企業体質が肌に合わないと感じるようになっていきました。

その後も様々な仕事が追加されていき、
必死にこなしていく中で気持ちより先に体に限界が来てしまいました。

ある日を境に起きられない、食欲がわかない、お酒大好きなのに体が受け付けない、
家でじっとしてるのが苦手なはずなのに体が動かない、
日中に気を失いかけるほどの眠気に襲われる、常に胃酸がせりあがってくる…。

体が「働き続けてはいけない、休め」と言っているかのようでした。

そんな症状が続く中で1週間のシンガポール・マレーシアでの結婚式参加、
帰ってきて数日後に大阪での結婚式参加という、
過密スケジュールとなったときがありました。

仕事終わりにそのままキャリーケースを持って、
シンガポール行きの飛行機に乗ることになっていましたが、
「本当に行って大丈夫?」と課長に心配されるくらい具合が悪かった私。

「行かない方が具合悪いので行きます!」と半ギレしながら旅立ちました(笑)。

しかし飛行機の中で具合が悪すぎて、
何度も地上にダイブしたくなるくらいの倦怠感に襲われました。

結局現地についてからはそれまでの体調が嘘のように元気に活動できましたが、
帰国日に近づくにつれてまた体調が悪くなっていきました。

「もうこれ完全に仕事のストレスじゃん…万全の体調で大好きな旅行ができない
のにこの仕事続ける意味ある?」と自問自答しながら帰国。

体調がよくなっては前述のような症状が突然現れるのを何度も繰り返し、
「退職後にゆっくり世界を回ろうと思っていたけど、
このまま体を騙し騙し仕事を続けていたら、
退職後病気になって元気に旅行なんてできないんじゃないだろうか?」と
思うようになりました。

正直お給料もよく長期休暇も取りやすい会社だったし、
会社の風土や制度に不満はあるものの、
会社のメンバーや取引先は大好きだったので、
辞めるかどうか何度も迷いました。

しかし「定年退職後残るのはお金だけで、達成感も得られず、
健康も失った老後を迎えるなんて嫌だな」という思いが勝ちました。

そしてついに5年目の3月末に退職しました。

そして仕事も決めず、様々な会社と様々なバックグラウンドをもつ人々の
いる東京に飛び立ちました!

そんな不安な先行きでも、しかも予想外のコロナ渦の中でも、
今後新しいことに挑戦できるワクワクの方が勝っていたので、
全く後悔はありませんでした。

ただ、旅行系の仕事に転職したいと思っていたのですが、
緊急事態宣言下で旅行系の職種の求人が全くありませんでした。

とりあえず「もう営業はしたくない」との思いから、総務職に転職しました。

しかし、まじめに働いてはいたものの、
あまりに総務職が向いていなかったため、
「あなたは他の会社で営業系の仕事をした方が良い」と言われ、
半年間で実質クビに(TT)

いやぁ、日本で不祥事も起こしていなく、
経費削減の目的でもないのに、クビってあるんですね(笑)

とはいえ、第2回目の緊急事態宣言の中転職活動し、無事内定をいただき再就職。

今回は仲間にも恵まれ、日々そこまでストレスを感じることなく働けています。

しかし2021年は2月に2回目の転職をした以外、
良い思い出も悪い思い出も本当になく、「無」といった感じでした。

コロナ前は長期休みの度に当たり前のように行っていた海外ですが、
それができなくなって2年経つと、
日々の刺激やモチベーションがなさすぎて、
気が滅入ってきました…。

2022年も「無」で気が滅入っていては、本当に人生がもったいない。

そこで、今年は渡航すべく、重大な決意を固めました。

2022年秋にオーストラリアにワーホリに行きます!

私は今年11月に30歳になるので、いわゆる「ギリホリ」です。

めまぐるしく変わる情勢ですが、あと1年しかチャンスがないので、
絶対に行きたいです…(´;ω;`)

今年の元日に結婚したのですが、夫婦でギリホリという特殊人種です。

でも、二度の緊急事態宣言下での転職活動や、
日本ではなかなか珍しいクビの経験を経ても元気に働けているので、
「この先、日本に帰ってきて仕事あるのかな…」みたいな不安は
不思議とないです。

無駄に「なんとかなる」精神が育ってしまいました(笑)

2人で英語を学び、お金を稼ぎながらロードトリップし、
その日常を発信するなんて、想像するだけでワクワクです!

将来は?

30代前半のうちに世界一周をしたいです。

行くのに時間のかかる南米も、
日本からのアクセスが悪いコーカサス地方も、
体力のある若いうちに一度行っておきたい!

そして世界を回って得た経験を活かし、地元北海道の活性化に携わりたいです。

北海道は食べ物・景色・雪とどの県にも負けない圧倒的な観光資源があるのに、
「酪農」「雪まつり」「海鮮」「富良野」の一辺倒で、
魅力を全く生かし切れていません。

それをどう魅力的にブランディングするか?
新しい魅力を発信していくか?

そのヒントを得るためにも色んな国の文化に触れたいです。

行ったことのある国・地域

アメリカ(シアトル・シカゴ・ラスベガス・アリゾナ・ハワイ・グアム)、
カナダ(バンクーバー)、中国(上海)、香港、台湾(台北)、韓国(ソウル)、
タイ(バンコク・アユタヤ・プーケット)、シンガポール、ベトナム(ハノイ)、
カンボジア(シェムリアップ)、フィリピン(セブ)、
マレーシア(コタキナバル・マラッカ)、
ミャンマー(ヤンゴン・バガン・インレー湖)、
イギリス(ロンドン)、ラオス(ルアンパバーン)、
オーストラリア(シドニー・メルボルン)、
ベルギー(ブリュッセル・ブリュージュ)

行ったことのある都道府県

2021年、遂に全都道府県制覇(#^^#)

ただし、大分県・宮崎県は2歳のころに行ったことがあるのですが
記憶がありません…。

最後に

超長文になってしまいました、すみません…。

もしここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます。

このブログでは主に海外旅行・国内旅行・北海道について発信していきたいと
思っています。

つたない文章ですがよろしくお願いします♪

 

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